日本テスト学会誌 Vol.8 No.1 要旨

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日本テスト学会誌 Vol.8 No.1

▶ 一般研究論文  
高得点科目の採用による選抜における合格者の学力の評価について
菊地賢一
東邦大学
日本の大学入試では,指定した複数の科目の中から,高得点の何科目かの合計により,選抜する形式の入試が広く行われている.このような場合,受験者や合格者の学力を検証するために,いわゆる偏差値などの標準得点が利用されている.例えば,大学入試センターの発表している,センター試験の全受験者の平均点と標準偏差を用いて,科目別に受験者や合格者の得点を標準化し,その学力推移を検証する. ある大学でこのような分析を行ったところ,合格者の各科目の標準得点の平均が,大学入試センターの発表する科目別平均点の推移に対応して,上下していることが分かった.本論文では,このような高得点科目を採用する選抜方法における,合格者の標準得点の平均と素点の平均との関係を考察した.その結果,合格者の各科目の標準得点の平均は,素点の平均の値に,大きく影響を受ける.素点の平均の高い科目は,合格者の標準得点も高くなることが分かった.論文の最後では,このような選抜方法の分析の際の注意点と,選抜方法そのものの問題点を指摘した.
キーワード:高得点科目,合格者,標準得点,学力の分析,大学入試
▶ 一般研究論文  
推定母集団分布を利用した共通受験者法による等化係数の推定
熊谷龍一1、野口裕之2
1東北大学、2名古屋大学
共通受験者デザインにおける等化係数推定時には,潜在特性尺度値の誤差分散の影響により適切な推定値が得られない場合があり,野口・熊谷(2011)ではその場合の補正方法を提案している.しかしながら,誤差分散の大きさによっては,野口・熊谷(2011)の補正方法でも適切な推定値が得られないことがある.そこで本研究では,潜在特性尺度値の母集団分布を推定し,その情報を利用することで誤差分散の影響を低減する方法を提案した. シミュレーション・データを用いた実験で,誤差分散の影響が大きい場合において,Mean & Sigma法や野口・熊谷(2011)など従来の方法に比べて,相対的に妥当な推定値が得られることが確認された.また,2006年度PISA調査データを用いた実験においても,誤差分散の影響を受けにくいことが示された.
キーワード:共通受験者デザイン,等化係数,Mean & Sigma法,母集団分布
▶ 一般研究論文  
高校生の英語定期テスト前後における学習方略とテスト観の関係―テスト接近-回避傾向を媒介要因として―
鈴木雅之
東京大学大学院教育学研究科・日本学術振興会
本研究では,高校生の英語学習を対象として,定期テストの勉強時に使用される学習方略と,定期テスト後の見直し行動を行う際に使用される学習方略の関係について検討を行った.また,これらの方略使用を規定する要因として,「テストの実施目的・役割に対する学習者の認識」であるテスト観と,テストを受けることに対して接近するか回避するかという2つの動機に着目し,これらと方略使用の関連を検討した.高校生493名を対象に質問紙調査を実施し,解析を行った結果,テスト勉強時の方略使用が見直し行動時の方略使用の規定因となっていることが示された.この結果から,テスト後の見直し行動を促進する方法として,テストを受ける前に適切なテスト勉強の方法を教授することが有効であると示唆された.また,テスト接近傾向の高い学習者ほど,適応的な学習方略を用いる傾向にあり,「テストは学習の改善に活用するためのものであり,また学習のペースメーカーとなる」というテスト観を有する学習者ほど,テスト接近傾向は高いことが示された.さらに,学習方略間の関連やテスト接近-回避傾向の影響を考慮しても,テスト観と学習方略には関連があることが示され,テスト観への介入の重要性が示唆された.
キーワード:テスト前学習方略,テスト後学習方略,テスト観,テスト接近-回避傾向,英語学習
▶ 一般研究論文  
項目反応理論に基づくテストにおける項目バンク構築時の等化方法の比較
光永悠彦、前川眞一
東京工業大学
項目反応理論(IRT)に基づく等化の方法を用いた大規模標準化テストを実施するにあたり、項目の特性(項目パラメタ)が既知の項目を本試験前に準備しておく必要があるが、十分な項目パラメタ既知の項目が用意できない場合もある。その場合、毎回の試験で、項目パラメタ既知のアンカー項目よりも多くの「項目パラメタ未知項目」を含んだ問題冊子を受験者に提示し、アンカー項目の項目バンク上での項目パラメタを手がかりに、毎回のパラメタ未知項目について過去試験に等化することを繰り返す試験デザインを考えるが、このデザインでは等化方法の検討が不十分であった。本論ではテスト実施回ごとに新規項目が追加されるテストデザインにおいて、同時推定(concurrent calibration)と個別推定(separate calibration)による等化を行うシミュレーション研究を行った。その結果、規準集団を定義するための試験(試行試験)での識別力が受験者の能力を判定するための試験(本試験)での識別力よりも小さい条件において、個別等化の結果が、項目バンク全体において、より真の値に近い項目パラメタの推定値を返すことが分かった。
キーワード:common-item nonequivalent groups design,項目バンク,同時推定,個別推定,等化,項目反応理論
▶ 一般研究論文  
ミャンマーの児童生徒のための等価な2つの空間能力テストの開発
ヌヌカイ1、山田剛史2、石井秀宗3
1サガイン教育大学、2岡山大学、3名古屋大学
今日,将来の成功を予測する能力のひとつとして,空間能力に対する関心が高まっている.しかし,ミャンマーにおいてはその重要性が必ずしも十分には認識されておらず,適切な空間能力テストが存在しないのが現状である.そこで本研究では,同等な2つの多種課題空間能力テストの開発を試みた.空間能力をより広く捉えるために,単種ではなく多種の課題からなるテスト構成するようにした.テスト開発にあたっては,項目反応理論における2パラメタロジスティックモデルを適用した.その結果,それぞれ40項目からなる同等な2つのテストが作成された.
キーワード:空間能力,多種課題テスト,項目反応理論,2パラメタロジスティックモデル
▶ 一般研究論文  
潜在ランク理論に基づくコンピュータアダプティブテスト-アルゴリズムの提案と検証-
木村哲夫1,2、永岡慶三2
1新潟青陵大学、2早稲田大学
本論文の目的は,1)潜在ランク理論(latent rank theory, LRT)の特徴を概観したうえで,同理論に基づくコンピュータアダプティブテスト(computer adaptive test, CAT)のアルゴリズムを提案すること,2)それに基づくシミュレーションデータを集め実際に実施するCATの項目数を判断すること,3)実際にCATを実施してその結果から提案したアルゴリズムを検証し今後の課題を整理することにある. シミュレーションにより潜在ランクの真値の再現性,LRTにおいて受験者の能力を表現するランクメンバーシッププロファイル(rank membership profile, RMP)の収束具合,終了条件に達するのに要した項目数を検証した.その結果,実際に実施するCATの項目数を判断するだけでなく,現在のアイテムバンクの弱点を確認することもできた.さらに提案したアルゴリズムを再考し,項目困難度の調整方法やRMPの収束具合のとらえ方など,今後の研究課題を明らかにした.
キーワード:潜在ランク理論,コンピュータアダプティブテスト,シミュレーション
▶ 一般研究論文  
大問形式の問題の項目群への項目反応に対する確率モデルの比較
登藤直弥
東京大学大学院教育学研究科
日本の試験によく見られる大問形式の問題においては、項目反応間の局所独立性が満たされない場合がある。そこで本研究では、項目反応間の局所依存性を考慮した3タイプの項目反応モデルと局所独立性を仮定した項目反応モデル、計4タイプのモデルを大問形式の問題を含むテストに当てはめて分析を行い、特性値の推定精度に関して比較を行った。その結果、受験者数や局所依存関係にある項目の数、大問の局所依存性の程度といった要因に関わらず、推定量のバイアス・平均二乗誤差・真値と推定値との相関係数について、これら4タイプのモデル間ではその値にほとんど差は見られなかった。
キーワード:項目反応理論,局所独立性,局所依存性,潜在特性
▶ 事例研究論文  
声質変換音声を用いた英語リスニングテストの試行実験
内田照久、伊藤 圭、橋本貴充、大津起夫
大学入試センター研究開発部
受験者の処遇を左右するハイ・ステイクスな試験では,試験問題の内容の秘匿は何にも増して重要である。本研究では,リスニングテストの試験問題の内容を知ることになる話し手が,誰であるかを秘匿することを目的の一つとして,音声信号処理技術を適用し,リスニングテストの音声の声質変換を試みた。変換された合成音声を用いて実験用リスニングテストを作成して検証実験を行った。実験ではオリジナルの話者と比べて,大柄な話者が想起される低ピッチ声質条件と,小柄な話者が思い起こされる高ピッチ声質条件の,2系統の実験条件を設定した。実験の結果,変換合成音声を用いたテストの成績と,原音声でのテスト成績の間に有意な差は見られなかった。変換された音声の品質改善の余地はあるものの,話者の秘匿をはじめとした多様な用途に,変換合成音声を活用することができる可能性が示唆された。
キーワード:リスニングテスト,問題の秘匿,声質変換,音声信号処理
▶ 事例研究論文  
医学部最終学年での選択臨床実習においては何を評価しているか―知識・技能・態度に関する16項目からなるコンピテンス評価結果の解析―
宮本 学、宮﨑彩子、鈴木廣一、米田 博
大阪医科大学医学部教育センター
医師不足に対応するには、知識・技能・態度の優れた良医を定められた期間にしっかり育てることが急務である。また、卒後研修を円滑に行うためには卒前臨床実習の実質化が必要で、そのためには臨床実習で学生をどのように評価し教育しているかの検討が重要となる。 本学のこの2年間の医学部最終学年の選択臨床実習における評価数は、456と403であり、うち欠損値のない376と334を調査対象とした。評価内容は、知識(4項目)、技能(7項目)、コミュニケーションと態度(5項目)の3つのコンストラクトで計16項目であった。 共分散構造分析により、この3つのコンストラクトと関連項目間のパス係数を求めた。コンストラクト間の相関は知識と技能で0.938、知識、技能とコミュニケーション・態度ではそれぞれ0.749、0.778であった。3つのコンストラクト別に各評価ケースのスコアを項目反応分析にて推定し、学生全体での評価の特徴を検討した。成績上位群は、すべてのコンストラクトにおいて3拍子揃って高いスコアであった。成績最下位群では、いずれかのコンストラクトで著しく低いスコアを示すことが多かった。
キーワード:評価、選択臨床実習、医学教育、知識・技能・態度、共分散構造分析
▶ 事例研究論文  
構造的性質を操作した国語テストにおける回答の検討―中学生を対象にしたテストの実証研究―
安永和央1,2、齋藤 信1、石井秀宗1
1名古屋大学大学院教育発達科学研究科、2日本学術振興会特別研究員
本研究は,高校入試問題の国語テストを用いて,設問などの構造的性質を操作し,これらが受検者の回答に及ぼす影響について検討した。設問は,1)一文抜き出し問題(五字抜き出し,一文抜き出し),2)読解プロセス(情報の取り出し,解釈),3)空所の表記法(全て四角,一部カッコ),4)回答欄の字数制限,を操作した。これらを中学3年生493名に実施した。項目分析の結果,1)は,得点率及び識別力に影響を及ぼさないことがわかった。これは,採点者の負担軽減につながる知見である。2)は,「情報の取り出し」の方が得点率と識別力を高くすることが明らかとなった。3)は,空所の形を一部変えて表記する方が識別力を高くすることがわかった。4)は,回答欄では字数制限を設けないことが得点率及び識別力を高くすることが示唆された。以上から,構造的性質の違いが受検者の回答に影響を及ぼすことが示された。本研究の結果は,構造的性質を実証的に検討することの意義を示している。
キーワード:国語テスト,構造的性質,項目分析,得点率,識別力