日本テスト学会誌 Vol.17 No.1 要旨

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日本テスト学会誌 Vol.17 No.1

▶ 一般研究論文  
中央値補正法による得点調整の評価
菊地賢一、中畝菜穂子
東邦大学
近年、大学入試において選択科目間の得点調整の方法として、多くの大学で中央値補正法が採用されている。しかしながら、その性質について、テスト理論的な観点からの考察はほとんど行われていない。そこで、中央値補正法による得点調整が、選択科目間の平均と標準偏差の違いにより、どのような調整結果を生じさせるのか考察した。その結果、テスト得点が正規分布をする場合、中央値補正法では、概して、元の得点分布の平均が高く標準偏差が大きい科目が、能力上位者にとって有利となるように得点調整されることが分かった。本来、得点調整は、このような不公平を解消するために行われるべきものである。一方、中央値補正法には、得点調整後も、0 点は0 点、満点は満点のまま変わらず、中央値さえ求まれば簡単に計算可能であるという利点もある。導入する際には、利点と欠点を考えた上で検討する必要がある。
キーワード:中央値補正法、大学入試、選択科目、得点調整、等化
▶ 一般研究論文  
CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)の日本語教育への適用可能性に関する基礎研究
野口裕之1、大隅敦子2、熊谷龍一3、島田めぐみ4
1名古屋大学、2国際交流基金、3東北大学、4日本大学
本研究ではCEFR を日本語教育に適用する可能性について,尺度構成理論面から検討した。具体的には,ⅰ) CEFRが設定する「聞く」,「読む」,「話す」,「書く」,「やりとり」の各言語活動の例示的言語能力記述文を基本に,学習者が具体的な言語活動を日本語で「できる」程度を自己評価して4段階評定尺度に回答する形式の調査票を開発し,ⅱ)海外および国内で日本語学習者調査を実施した。ⅲ)この調査データを基に言語能力記述文を段階応答モデルによりIRT 尺度化した上で,言語活動毎に言語能力記述文の困難度順を元のCEFR と比較した。その結果,CEFR を日本語教育の場で活用するには,「やりとり」を中心に言語能力記述文に関してレベルを変更する,日本語の独自性を反映するものを加える,欧州と日本の社会文化的な違いに配慮する,という調整や補足が必要であることが明らかになった。
キーワード:CEFR、言語能力記述文、Can-do Statements、日本語の独自性、IRT尺度化、段階応答モデル
▶ 事例研究論文  
「積極的読み」を引き出すCBT 読解問題の開発――東京大学入学試験の国語問題を活用して――
益川弘如1、白水始2、齊藤萌木3、飯窪真也3、天野拓也4
1聖心女子大学、2国立教育政策研究所、3東京大学、4埼玉県立羽生第一高等学校
一つの文章を複数の要素に解体・再構成して全体を捉える「積極的読み」は大学生活で必須の認知活動だが,その難しさゆえに大学入試で問われても入学志望生はテストワイズネスを利用した浅い処理で対処しがちである.本研究は,解決過程の制御と記録というCBT の利点を生かし,積極的読みを求める典型としての東大入試国語問題を対象に,問題文全体の読解・要素抽出・関連付けを促すCBT を開発,統合的課題解決に及ぼす効果を検証した.この「改変版」と入試問題をCBT に移し替えた「従来版」を用意し,積極的読みの経験が異なる二層の参加者計79 名で実験を行ったところ,読解経験の少ない中堅大学生では従来版の統合課題成績が改変版を上回り,進学校生ではそれが逆転する有意な交互作用が得られた.設問解答とログ分析から,同程度の成績でも中堅大学生の従来版では傍線部付近の書き写し,進学校生の改変版では自らの言葉による再構成が把握でき,CBT の読解支援・評価両面の可能性がうかがえた.
キーワード:CBT、積極的読み、深い処理、解決過程の制御と評価、入試問題
▶ 事例研究論文  
Q行列を付与した多枝選択形式テストの開発―認知診断モデルのための英語の空所補充問題の作成―
福島 健太郎、内田 奈緒、岡田 謙介
東京大学大学院教育学研究科
テスト解答データから解答者の学習要素の修得状態に関する情報を引き出す方法として,認知診断モデル(Cognitive Diagnostic Models, CDM)が注目されている.特に,多枝選択型のCDMは誤答時の情報も有効活用できると考えられ,実際にいくつかのモデルが提案されてきた.一方で,多枝選択型CDM をテストへ応用するためには,項目の各選択枝に対して,要求される学習要素を規定したQ行列を事前に設定する必要がある.その作成コストの問題と公開データの欠如から,先行研究でも数値シミュレーション研究にとどまっている例が多く,テスト開発にあたっての実証分析上の知見は乏しいのが現状である.そこで本研究では,Q 行列を付与した英語の多枝選択形式のテスト開発を行い,収集した実データに対してCDM を適用して,どのような診断結果が得られるのかを調べた.結果として,モデルがデータに対する一定の予測力を持つことが確認されたものの,今回検討した倹約的なモデルでは多枝選択形式特有の解答行動を十分反映できていない可能性が示され,さらなるモデル開発への示唆が得られた.
キーワード:テスト開発、認知診断モデル、多枝選択、ベイズ推定
▶ 事例研究論文  
大学入試における各国のCOVID-19 対策-日本,中国,韓国の共通試験を事例に-
南 紅玉
東北大学
2020年,大学入試の変革期を迎えている日本,中国,韓国においては,大学入試改革の遂行にCOVID-19対策という新たな課題が加わる事態となった。本研究では,日本,中国,韓国において,大学入試,とくに共通試験において,どのようなCOVID-19対策が行われたかについて比較検討した。その結果,日本,中国,韓国はコロナ禍においても共通試験を実施または実施予定であった。中国は例年より1カ月延期して7月,韓国は2週間延期して12月に実施された。日本は当初の通り1月に実施される予定だが,日程の追加がなされた。共通試験の実施に向けて,各国ではCOVID-19防止対策を講じているが,国の感染状況によりその対策に違いがみられた。こうした異同の背景について,「公平性の確保」と「適切な能力の判定」という観点から考察した。
キーワード:大学入学者選抜試験、COVID-19、国際比較、日本、中国、韓国
▶ 展望論文  
過去問の定義と公平性・妥当性との関連―日本の大学入試対策用の英語教材を分析対象として―
馬場 正太郎1, 2
1東京外国語大学,2日本学術振興会
本研究の目的は,ハイステイクス・テスト対策で使用される過去問を定義づけ,過去問に関する議論で生じていた意見の対立の原因を検討することである.日本の大学入試対策用の英語教材40 種類を収録内容別に分類した結果,過去問は4通りの定義が可能であることが示された.すなわち,(1)過去の大学入試で出題された試験問題,(2)過去の大学入試で出題された試験問題と,それに対応する解答解説,出題傾向の分析が,大学別に収録されている教材(大学別過去問題集),(3)過去の大学入試で出題された試験問題と,それに対応する解答解説,出題傾向の分析が,大学・科目別に収録されている教材(大学・科目別過去問題集),(4)過去の大学入試で出題された試験問題と,それに対応する解答解説,出題傾向の分析が,複数の大学分,科目別に収録されている教材(科目別過去問題集),の4つである.以上の定義を踏まえ,先行研究で過去問に関する評価に不一致が生じていた原因を,公平性と妥当性の観点から考察し,今後の過去問研究の展望を論じた.
キーワード:過去問、テスト対策、大学入試、公平性、妥当性
▶ 報告(特集)  
同一受検者集団から得られた介入前後データの因子構造の検討―多母集団同時分析を適用した試みー
秋田 裕太
東北大学大学院 教育学研究科
これまでのテスト項目の特性値に関する研究では,受検者が所属する集団の違いによってテスト項目の特性値に差異が生じることは報告されているが,受検者が何かを経験する前と経験した後で因子構造に差異が生じることを報告した研究はきわめて少ない。そこで本研究では,経験の有無によるテスト項目の特性値を比較するために,(1)授業を経験した後の受検者データに対して確認的因子分析を実行し,授業を経験する前の受検者データで明らかにされた2因子モデルに,どのくらい適合するかを検討する。(2)同一受検者集団のデータに対して多母集団同時分析を適用し,測定時点の違いによる因子負荷量の差異を比較し検討する。本研究の結果から,(1)授業前のデータから示唆されたモデルに授業後のデータが適合することが示唆された。(2)授業前後で因子負荷量に違いは確認されなかった。
キーワード:同一受検者集団、因子構造、多母集団同時分析、対応のあるデータ
▶ 報告(特集)  
大学選択時の親子関係に関する日中比較研究の展望
郭 伊晗
東北大学
日本と中国は,現在,ともに大学進学率が高くなっている.大学選択は人生を決める重要な場面であるため,その決定にはただ受験生自身の意思だけではなく,親子関係も影響する.大学選択時の親子関係は大学選択に影響すると同時に,青少年の心理的発達にも影響を与えると考えられる.本稿では,先行研究に基づき,青年期における心理的発達,親子関係の発達,大学選択時の親子関係の分類,親子関係が大学選択に与える影響という四つの方面から大学選択時の親子関係について日本と中国を比較する視点を見出す.青年期における子どもは親に対する独立心と依頼心が両方あり,親子間に葛藤が起こりやすい.中国の青年は日本の青年より独立性が高く,日本と中国の青年の親子関係には異なる側面もあると考えられる.日本と中国の研究は互いに異なる視点から大学選択時の親子関係のあり方を分類している,家庭の社会経済地位,親子間相互作用,親子間コミュニケーション,親の教育方針という側面から親子関係が進路選択に与える影響に考察した研究が見られる.
キーワード:大学選択、親子関係、日中比較、青年期
▶ 報告(特集)  
大学入試一般選抜における出願プロセスの日中比較ー自己採点制度を中心にー
周 睿嫻
東北大学
本研究では中国と日本の大学入試における出願プロセスについて,歴史的な視点から制度を比較した.中国の一般選抜における出願方式は,「順序志願」から「平行志願」へと転換し,出願時期も高考の受験前から,受験後に自己採点を基に出願する方式を経た後,現在のように高考の成績が通知された後に出願する方式へと変化している.中国では「成績」と「進路志望」とのバランスをとって大学入試制度を構築することに苦慮している.受験者数が多い割に受験機会の少ない中国では,成績を選抜の第一要因とする「平行志願」と成績通知後に出願する「タイプC」の組み合わせが機会的な公平性を最大限にするやり方だと考えられている.一方,日本では歴史的に受験機会の複数化の改革が行われてきた.「偏差値重視」の進学をできる限り避けるべきと考える傾向が根強く存在し,「入れる大学」より「学びたい大学」をという志望決定が期待されてきた.共通テストを用いた選抜における「自己採点制度」は,公式には昭和1979年度から昭和1986年度までの共通1次時代にのみ存在したが,1988年度に事実上復活し,現在まで続いている.
キーワード:大学入試、自己採点、出願、日中比較
▶ 報告(特集)  
大学進学における相談相手の選択に関する日中比較研究
林如玉,倉元直樹
東北大学
本研究の目的は,高校生の大学進学に関して様々な相手との相談頻度を調査し,日中両国の高校生の大学進学における相談相手や相談傾向の異同について明らかにすることである.質問紙調査を用いて異なる相談相手との進路に関する相談頻度を求めた.相談頻度の回答から分析した結果,日本の生徒は主に「母親」「高校教師」「友人」「父親」を大学進学の相談相手として選択していた.一方,中国の生徒は主に「友人」「母親」「父親」「兄弟姉妹」と相談していた.「高校教師」の位置づけに違いが見られた背景要因として,両国の高校の進路指導体制の差が考えられる.さらに,クラスター分析を用いて相談傾向のタイプ分類を行った.日本の高校生は「相談なし型」「塾・家庭教師型」「標準型」「先輩・友人型」に分類された.中国では相談傾向による分類はできなかった.「その他の家族・親戚」は,中国では「高校教師」,日本では「その他の家族・親戚」と近接していた.背景要因として,両国における文化の違いが考えられる.
キーワード:高校生、大学進学、日中比較、相談相手
▶ 報告(特集)  
国立大学個別学力検査と学習指導要領―― 社会(地歴・公民)科の出題の変遷 ――
高城 淳之
東北大学
国立大学の個別学力検査と学習指導要領の関係について,社会(地歴・公民)科を題材に検討した.『国公立大学ガイドブック昭和55(1980)年度~平成21(2009)年度』を手がかりに,学習指導要領の前後の年度を中心として出題される科目の傾向について,その変化を調べた.第5次学習指導要領改訂ではA 科目の扱いが,第6次学習指導要領の改訂では,「現代社会」の扱いが課題となっていた.各国立大学は学習指導要領を十分に調査し,大学にとって必要となる高校での学習について配慮した出題がなされていることがうかがえた.昭和55(1980)年度当時の社会科を課す募集人員の総数は5,303 名で,平成18(2006)年度は5,398 人で,ほとんど変化が見られない.一方で,社会科の入試採用学科数は2倍以上に増加している.この事実は,大学入試方法の多様化の一側面を端的に表している.
キーワード:学習指導要領、国立大学、個別学力検査、社会(地歴・公民)科